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俺は人を使う仕事をしていて、日雇い派遣をよく雇う。

ある日のこと、俺は二人の男性と共に働いていた。

40代ぐらいの男性二人だ。

ある程度の経験と知恵のありそうな、一人の人間として社会に通用するその人たちは、しかし俺にとって「労働力」以外のなにものでもない。

余計な口を聞かず、俺の意図をできるだけ察して、手足として円滑に動き回ってくれるのが望ましい。

少しでも俺の意図に反したり、仕事以外のことを考えている素振りを見せたら、すぐさま俺は圧力をかける。

可能な限り俺の役に立つ、都合のいい存在でいてくれなくては困る。

それ以外のことは、何も求めていないから、すべて捨て去ってほしい。

 

そんな仕事の中で、俺はそのうちの一人に待機を命じて、自分はフォークリフトに乗った。

高いところにあるパレットを降ろしながら、「今この重くて堅い荷物をこいつの頭の上に落としたら、こいつはどうなるだろう」と思った。

「動くな!」と言えば、何か俺には仕事上の意図があるのかと思って、こいつは逃げるのが一瞬遅れるだろう。

その一瞬が、命取りになる。

そう考える俺の脳裏に、痛みにゆがんだその男の無防備な表情が浮かんだ。

あくまで業務上、指揮官である俺のために行動したがために、身を防ぐ余地もなく痛めつけられた一人の男。

俺にとっては、その日の一日だけに限られた手足であり、失ったところで特に痛くもない存在。

痛みと驚きに体を折り曲げ、悶絶する役立たず。

「ダボが!」と俺は吐きすてる。

 

そんな想像のことはさっさと忘れて、押し寄せる業務に追われて俺はきりきり舞いする。

薄暗い倉庫の片隅で、俺は男に次々と段ボール箱を手渡していく。

空いた隙間に、別の荷物を積み替えていく。

荷物の置き方について、男が質問してくる。

「えーっとね」、考えながらそちらを向いた時、男と目が合った。

真摯に、俺を信頼して、俺の答えを待っている。

「あ!」と、俺は心で叫んだ。

打たれてしまった。

生命の光に打たれてしまった。

こいつを人間として、生き物として認めてしまった。

俺はもう、こいつを殺せない。

殺せないどころか、もはや愛しく思っている。

 

俺の頭の中で、男は時間をさかのぼり、赤ん坊に戻っていた。

今でも面影を残している、愛らしい赤ん坊だ。

きっと親や祖父母を散々に喜ばせただろう。

頬ずりするほど可愛がり、大切に育てられてきたのが目に見えるようだ。

それがこんなところで、無意味に殺されて、簡単に掃き捨てられたと知ったら、どんなにか嘆くだろうか。

体を折り曲げ、痛みに苦悶する男の姿が、俺の脳裏に再び浮かぶ。

可哀想に。

「痛いねぇ、苦しいねぇ」、俺はこいつの頭を抱いて、涙を流す事だろう。

 

もう一人の男が、依頼しておいた仕事を終えて、完了報告と共に戻ってきた。

「あ、そしたらね、次は…」

俺はもうダメだ。

あなたたち、二人とも、幸せになっておくれ。

せめて今日の働きに、給金を払える事が俺の喜びだ。

よくやってくれた。

こんな俺に付いて、よくやってくれた。

 

 

俺にももうすぐ、娘が生まれる。

生まれる前に、このことだけは言っておこうと思う。

娘の意志とは無関係に、俺の勝手な意志で、娘をこの世に迎える。

俺の楽しみのために、娘を呼んだのだ。

だからこそ、大切にしようと思う。

この世に生まれたことに娘に責任はないから、いっぱい世話をみてやろうと思う。

たくさんの感謝を伝えようと思う。

そして生きることの良さを、教えてやりたいと思う。

両親が俺にしてくれたように。

俺にできることはそれぐらいだし、俺にはそれができるし、俺だからできることだとも思う。

 

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