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宇宙の膨張スピードが、実は周期的に不規則に変化している可能性があるという最新理論が「ネイチャー」誌上で発表されたという記事を、どこかで読んだ。

これが事実だとすれば、多世界宇宙論を補強するものになるだろうと言われている。

というのも、宇宙の膨張スピードを変化させる因子が、この宇宙の「内部」にあるとは、理論上とても想定できないからだ。

とすれば、その因子は当然、「外部」にあると考えられる。

宇宙の膨張スピードが不規則に変化するということは、この宇宙もまた何らかの外部環境の中に置かれていて、その環境との相互の関わりの中で何らかの変化をこうむっているのだと考えられる。

 

昨日の夜、妻と子育てについて会話を交わした。

妻の語ったところでは、「子どもと向き合う時には、頭で考えていると上手くいかない。本能だとか野性みたいなものに頼らないと、とてもやっていけない」。

何せ子どもの機嫌や気分というものは四六時中変化していて、そのパターンだとか規則が無い。

昨日OKだったことが今日はダメで、さっきまで笑っていたのが脈絡もなく泣き始める。

一日の予定や計画というものを、親のほうでは親なりに子の事をよく想像して作っていたとしても、とてもその想定のとおりには進まないのだ。

で、困った時に、昨日OKだったことが今日はダメな理由を頭で考えていてもとても追いつかないから、勘や本能のようなもので対処してみるしかないということだ。

「仕事では優秀な、段取り組むのが上手い人とか、自分の考えを計画的に実現しながら生きてきたような人にとって、子育てって辛いだろうな」というような事を、妻は言うのであった。

 

宇宙の外部環境というものが存在するのだとすれば、それは人間にとってほとんど観測不可能だ。

絶対に観測できない領域が存在していて、しかもそれもまた「この世界」の一部である以上、今も我々に何らかの形で関係しているという事を科学が実証した時、科学の立場はどうなるのだろう。

科学は、かつて科学がそこから脱却を目指し、仮想敵として最も憎んだはずの呪術や占星術に近づいていく。

現在の科学の強い味方と言えば統計学だが、占星術とは統計的な手法だ。

しかも物理学に限って言えば、そもそも統計が入り込んだ時点で古典物理学にとっては一つの敗北だった。

完全な物理理論(一般理論)というものがあるとすれば、統計100%以外のものはすべて観測誤差でしかないはずだからだ。

 

俺は学生の頃に、頭でっかちだった自分を反省し、体と世界の対話こそが、俺にとって最も役立つものなのだと学んだ。

言葉は常に不足で、時に過剰で、世界と経験をすべて捉えるのに完璧なツールではなく、遅すぎるわりには暴走しがちだった。

現在の我が家では、家庭内で最も頼りになる占星術師的存在である赤ん坊の機嫌に合わせて生活が営まれている。

それでいつでも家の中に、笑いと泣き声の絶えない華やかさがある。

今日も楽しい一日を、ありがとう。

 

 

※今日はエイプリルフールなので、最初の1文が嘘です。

 

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