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西野カナの「会いたくて 会いたくて」の歌詞がしばしば揶揄されるわけだけど、あのサビのフレーズを笑ってほしくないなと俺は思う。

「会いたくて会いたくてふるえる」。

そりゃ”恋”をすりゃそういうことだってあるだろうし、そういう強い感情は歌にもなるだろう。

それを笑える人というのは、そういう感情に縁が無いのか、それともわざわざそんなことを歌にするという行為を笑っているのか。

 

まぁ確かにどうでもいい話ではある。

誰が誰に会いたかろうと、そんなことは他人には関係ない。

関係ないだけでなく、確かにちょっと笑えるといえば笑える。

常軌を逸した状態だからね。

「え、お前恋してんの?」と突っ込まれたら、確かにちょっと言葉に詰まる。

「そりゃ恋もするだろうさ」とは思いつつも、「やっぱりちょっとイカれてるよな」とは思う。

 

図書館で何の気なしに手に取った金原ひとみの『星に落ちる』を読んだ。

そこではまぁ、誰が誰に会いたいのかという話が延々と書いてあったりして。

「こんなこと書いてもいいんだな」と思うと、ちょっと勇気が出た。

誰が誰に会いたかろうと、そんなことは知ったこっちゃない。

誰にも何の役にも立たないし、何の関係もない。

それでもそんなことをわざわざ書いている人がいて、しかもただ書いているだけではなくて商品として売れているわけである。

わざわざそんなことを歌や本にする作家の人がいて、それを売ったら売れるだろうと思う流通の人がいて、本当に買う消費の人がいて、実際に売れているわけである。

そんなことのすべてに、ちょっと勇気が出た。

 

しばらく、小説を読む気力すらない日々がつづいていたわけだけど、しかしこういう、いわば「何の役にも立たないもの」に触れたほうが心安らかになれるのはなぜだろう。

「心のこと」をやらない人生は、きっとむなしいのだろうなと思う。

それもまた必要なことなのだと、なんとなく実感するだけでも、きっと勇気が出た。

「効果・効率」はとても大切な事だ。

でもきっと、心が満ちていないと、効果も効率もだんだん出せなくなっていく。

まぁそんなわけで、こんな誰にもどうでもいいようなブログを書いている俺は、ちょっと勇気が出たわけである。

何より、心底どうでもいいはずの『星へ落ちる』を読みながら、やっぱり小説としてなぜだか面白いことが嬉しい。

 

 

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