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オザケンのニューシングル「流動体について」が発売された。

世間に発表されたのは、発売日前日の2月21日らしい。

ナタリーも朝日新聞も見ない俺は、そんなことは当然知らない。

しかし今夜、俺はオザケンのニューシングルを持っている。

なんか発売日から民法のテレビニュースやなんかでたくさん取り上げられて騒がれていたらしい。

地上派テレビを見ない俺は、そんなことは当然知らない。

渋谷の街ではスクランブル交差点やそこらを歩くとオザケンの顔や音楽が散りばめられているが、普段の俺ならそんなことも当然知らなかっただろう。

たまたま半年ぶりぐらいに渋谷に用があって訪れた俺は、渋谷タワレコでオザケンのニューシングルを買った。

世界とは、そのようにできているものらしい。

いや、「世界とは」とか、適当に言ってるけど。

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小沢健二について 「流動体について」

オザケンの復活を知る

昨日の夜のことだ。

俺は重要な務めがあった一日を終えて、家に帰ってきた。

妻はたまたま、俺の帰ってくる直前にテレビのスイッチを入れた。

そこに、YOSHIKIが映っていた。

X JAPAN、21年ぶりのミュージックステーション出演だそうである。

これは見ないわけにはいかないと、俺はスーツもそのままに赤ん坊の横に座り込み、YOSHIKIの果てしないカルマが茫々と流れ出しては、形になったり爆発したりして歴史を刻んできた様を観察していた。

X JAPANの演奏が終わり、「最後のあの10秒足らずのタッチのためにYOSHIKI専用のあのクリスタルピアノ持ち込んだのかよ」などと妻と話していると、画面上には「このあと小沢健二名曲“僕らが旅に出る理由”披露」などと書いてある。

俺は目を疑った。

疑うのが当然だ。

今は2017年の2月だ。

X JAPANと小沢健二がミュージックステーションに出ているのをあり得る事として受け入れられたのは、俺が小学生の頃だ。

なんと21年ぶりの出演のX JAPANの次が、20年ぶりに出演の小沢健二だそうである。

おいおいマジかよ。

そしてハリウッド制作映画がロードショーされるX JAPANを差し置いて、オザケンがトリかよ。

俺の知っている限り、オザケンがミュージックステーションでそんないい順番で歌わせてもらった事ないぞ。

「夢が夢なら」の頃とか、たぶん3番目とかの微妙なポジションで歌ってて、いつ出るかわからないからトイレに行くにも躊躇してた覚えがある。(ちなみに1番目はだいたいV6かTOKIO)

少なくとも、X JAPANの後で歌えるようなポジションでなかった事は確かだ。

しかもトリなのに、トークの時間がしっかり確保されている。

俺の見ていたころのミュージックステーションといえば、大物アーティストをトリに持ってきたはいいものの、どうしてもそれまでの進行が押しまくるものだからトークもそこそこに「さっそくですがスタンバイをお願いいたします」でドタバタとセットに向けて駆け出していくのが定番だった。

20年間のITの進歩は、生放送の番組進行にも秩序を与えたのか?

 

で、オザケンの新曲だ。

オザケンといえば歌がヘタボイトレが足りてない、歌唱力で勝負するタイプではないから、コンディション次第では目も当てられないことになる時がある。

WEB制作会社のマネージャーみたいな風貌になった40代のオザケンで、ちゃんと声出るのかよとヒヤヒヤしていたら、意外とちゃんとコンディショニングされてる。

で、今度は楽曲の内容だ。

だいたいオザケンは自分の気分に左右されて仕事するタイプだから、また聞きどころのわからない気の抜けた感じの弾き語りでもするんじゃないのかとヒヤヒヤしていたのだが、これがアレンジまで完全にバキバキに仕上がった職人仕事の一曲だった。

まぁ、生演奏で見た時のオザケンの歌の音程が合ってるのか合ってないのか確信が持てないのはご愛嬌だし、歌詞の鼻につく感じのスノッブさも悪い方向に増してる気がするけれども、しかしそれは確かにあのオザケンだった。

20代の終わりに(そうなるべくして)キャリアをうっちゃって外国に脱走したオザケンが、もしも40代でもう一度ちゃんと音楽やる気になったら、もしかして作ってくれるんじゃないかと想像できるような曲が、そこにあった。

 

オザケンと俺

俺にポップソングを教えたのは、オザケンだ。

7歳か8歳の頃、初めてアーティストの名前でまとめて音楽を認識し、次々と曲を聞くたびにどんどん夢中になっていたのがオザケンの楽曲だ。

俺にとって生まれて初めてファンになったアーティストがオザケンだということだ。

今でもたとえば「ドアをノックするのは誰だ?」のイントロを聞くと、やはり当時夢中だったジュール・ベルヌの小説と共に、小学校低学年の頃の記憶がよみがえってくる。

俺の青春をいろどったのもオザケンだ。

二十歳やそこらの頃、それこそ「戦場のボーイズライフ」を生き抜くのに必死だった俺の心を支え、有頂天と無惨さをくり返すような日々を、その歌詞とサウンドと歌声で輝かせてくれた。

歌がヘタで、パクリだらけで、無責任なこの歌手は、それでもポップソングと共に育ってきた俺の人生の、ほとんど原点に位置しているのだ。

これからどんなことになるのかはわからないが、俺の人生が昨日で一つの転機を迎え、そしてJ-POPがふたたびその魅力で俺を引き寄せようとしているこの時に、オザケンは帰ってきたのであった。

Life is coming back?

 

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