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昔、映画サークルの先輩と話していた時のこと。

その先輩は塚本晋也が好きだった。

「塚本晋也が言っていた」事としながら、映画を撮る時に一番大事なのは「原風景」なのだと、その先輩は言った。

 

その話を聞きながら、俺は「あんまり面白くないな」と思った。

映画にせよ、何かをつくるというのは、結局のところ周囲とのかかわりの中に創作物を構築していくような作業になるはずだ。

自分がたまたま一個抱えている「原風景」にこだわることで、本当に面白いものになるのかいな、と俺は疑問に思った。

 

 

今夜、1歳10か月になろうとする娘を寝かしつけながら、「この人は今、原風景を構築しているところだろうか」と、ふと思った。

暗闇の中、半分閉じたまぶたの向こうから、濡れた瞳が眠そうにこちらを見返している。

窓の下に布団が折り重なった薄暗い寝室と、外から少しだけ聞こえてくる車や風の音。

この景色を、娘は記憶の土台のほうにしまいこむのだろうか。

 

今夜、空気は秋だった。

俺は昔から、秋の夜のひんやりとした匂いにノスタルジーを感じる。

保育園からの帰り道、抱っこひもの中で娘は空を見上げて、「つーき!」と言った。

月、だね。

 

似ているようで、違っている。

同じ「人間」とひとくくりにしているけれど、ある一定の特徴を兼ね備えているから同じグループにたまたまカテゴライズされているだけであって、「あなた」と「私」はいつだって全然関係ない別個の物体だ。

同じことをやらせたって、違うものをつくる。

月、だね。

俺もあれを、月と呼ぶよ。

 

人と同じことを、同じようにできないことを恥じてきた。

恥じることはない。

生きることを上手くできなければ、ただ死ぬだけだ。

俺は、良くも悪くも俺以外にはなれないから、俺に見えている何かの世界で勝負するしかない。

それで生きる世界を見つけられないなら、生存競争に敗れて死んでいくしかない。

悲しい、な、それは。

 

明日も、俺は試されてくるよ。

娘も、どうせいつか試されるのだから、早いうちから試されておいたらいいと思う。

今のうちなら、失敗しても、死なない範囲で、できるから。

今夜も、あなたの、あなたらしさが、育まれていく。

 

 

 

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