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ワンダーボーイの帰還

実はしばらく、清水翔太を聞いていない期間が俺にはあった。

久しぶりに聞いたのがこの「My Boo」だ。

「あ、“戻って”きた」。

音楽チャンネルでこのPVが流れた時、俺はとっさにそう思った。

「清水翔太、“戻って”きた」。

実際には、俺が知らなかっただけで、その一年前ぐらいから“戻って”きていたのであるが。

 

(以前にも紹介したが)俺が初めて清水翔太の音楽を聞いたときのことは、前のブログのこの記事に書いてある。

それは「アイシテル」という曲だった。

本当に、日本人の、まだ二十歳ぐらいのシンガーソングライターがつくった音だとは信じられなかった。

そのとき(先ほどの記事にも書いてあるように)、俺にとって、あれはVan Morrisonだった。

俺の世界観の中では、あんな音は、熟成された天才ミュージシャンが奏でる音でしか、ありえなかったのである。

Van Morrisonを知らない方のために、ビデオを貼っておこう。

俺が「アイシテル」を聞いて即座に「Van Morrison!」が浮かんだのは、たとえばこんな曲がおそらく念頭にあったのだと思う。

言ってるそばからRod Stewartであるが、貼り間違えたのではなく、これはVan Morrisonの曲のカヴァーだ。

こちらのカバーのほうが、アレンジが「アイシテル」に近いのでこちらを貼った。

それと同時に、あの記事によると俺は「アイシテル」を初めて聞いた時にPrinceも思い浮かべているようだ。

その場合は、以下の曲あたりが念頭にあったのかもしれない。

本当は、ここまでねちこい曲よりは「With You」あたりを貼りたいところだったのだが、ちょうどいいビデオがないのでこちらを貼っておく。(PrinceはYouTubeが大嫌いだった)

こんなに「たまらなく」させるのは、Princeだけだともう言いきってもいいだろう。

「金曜の夜」という感じ。(「Little Red Corvette」は土曜だけど)

 

俺が清水翔太を初めて聞いた瞬間も、もはや8年前のことだ。

「アイシテル」を初めて聞いて「すげぇ!」と俺が叫んだとき、同じクルマに乗っていた女のコに、「そんなに音楽に詳しかったら、評論家になれるんじゃない?!(名案!!)」という感じで言われ、「それが簡単なものじゃないのよ(トホホ)」とうなだれた当時の俺はフリーターでみんなに心配されていたこと。

俺が清水翔太を推したとき、ブラックミュージック好きの別の友達はJAY’EDを推してきたこと。

さまざまなことが、すっかり懐かしいものになった。

一聴しただけで、「清水翔太というこの才能はすさまじい」と思った俺も、この8年のあいだにはいつしか聞かなくなっていた。

 

それが、「My Boo」をたまたま聞いたとたん、俺にはまたもや一瞬でわかった。

「あ、清水翔太、“戻って”きた」。

しばらく、俺は清水翔太の音楽にそれほどの「美味しさ」を感じなくなっていた。

その間は、彼にとっての模索期間なのだと、俺は思っていた。

書けなくなることは誰にもある。

しかし映画『ワンダーボーイズ』でマイケル・ダグラスが言っているように、「書きつづけることだ、とにかく」。

いつしか書かなくなってしまう作家もたくさんいる中で、清水翔太がその歩みを止めていないことだけは俺は知っていた。

そうであれば、そのうちにきっと“戻って”くるだろうと思っていた。

 

 ポップソング is always on my mind.

実際に「My Boo」は大ヒットを記録した。(ヒットしたから俺の目に入ったとも言える)

発売から10ヶ月以上を経過した今でも、Spotifyの「Japan Top 50」チャートでは22位に入っている。(ちなみにこのTop 50に入っている国内の曲は10曲だけだ)

前の「FLY」のソウルレビューの記事で、清水翔太はマーケターであるよりもアーティストであることを選んだと書いた。

しかし同時に清水翔太は「ポップソング」アーティストなので、「より多くの人の耳と心に届く音楽」をつくることを宿命としている。(今の複雑な世の中では、それは「より多くの売上げをあげること」とイコールではない)

大多数の人々にとって心地よく、アーティストとしての自分自身の実存も反映させたような音楽をつくること。

それこそが俺の愛するポップソングという形式だ。

「My Boo」を聞くとき、その二つのベクトルが高い次元で交差した、清水翔太の一流の技を感じる。

そこに俺は人間の創作活動の奇跡と美しさを見るのである。

もはや日本のR&B好きにとって、「My Boo」と聞いたら「Usher?」とはならず、「清水翔太?」でコモンセンスのはずだ。

そしてその一級品の音楽性と十代からの熱い支持の両立、さらにメディアやツールの使い方などを見たときに、俺が誰よりもJ-POPの「未来」を感じるアーティストは、他の誰をさしおいてもまず清水翔太なのだ。

 

「My Boo」から語る なんとなく恋愛論

「My Boo」は一聴してラブラブバカップルソングのようではある。

しかしどちらかというと、これは「喧嘩の歌」だと俺は思っている。

喧嘩から仲直りをするときが恋人達にとって一番甘い時間だというのは、古くからの定説だ。

これは生物学上「リスク」が欲情を高ぶらせるからだろう。

相手を失う可能性(リスク)がある時にこそ、逆に引き寄せようとする力も強く働くのである。

 

ではそもそも、なぜ恋人たちは喧嘩をするのだろうか。

これに関しては、理想と現実のギャップの問題だと俺は考えている。

だいたい、誰かに想いを寄せている時というのは、相手の姿を思い描いて期待したりするものだ。

しかし現実の相手というのは、自分が思い描いていた姿とは別物なので、そのギャップを埋めるにはとにかくぶつかってみて、現実の相手の姿を知るしかない。

この過程が、しんどい。

Coldplayも「こんなにしんどいなんて俺は聞いてないぞ(No one ever said it would be this hard)」と愚痴っていたように、希望に満ち溢れて恋愛成就した未熟な恋人たちには、時に耐え切れないほどしんどい。

 

この“しんどさ”の分析については、次の「Drippin’」の記事にゆずる。

ここでは、その“しんどさ”も、悪いものではないのだということを書いておく。

結局何をするにしても、何かをしようとすれば、人生とはいつもそういうものなのだ、という話だ。

だいたい世界と対峙して何かを知ろうとするのなら、どんな時でも、身を挺して飛び込んで浸りながら感触を確かめてそれを知る以外の方法は無い。

何も知らずにこの世界に放り込まれた赤ん坊は、全身で世界と触れ合って少しずつ知りながら、情報を自分の中に取り込んで構成していく。

初めて誰かと具体的な恋愛をする十代後半ぐらいの年代になると、こういうことを一番忘れてしまいがちな年代だ。

いつの間にか自分が世界の中心で、自分に都合よく世界は動いているのだと思い込み始める。

しかしそうではないということを、ここで改めて俺は言っておく。

「My Boo」が十代の強い支持を得たからこそ、この「My Boo」のソウルレビューの中で言っておく。

恋愛を成就させた時、「自分は無敵だ」という思いにとらわれるかもしれない。

しかし、むしろそれは逆だ。

恋愛というのは、むしろ「ままならないもの」の体験をする場なのだ。

 

だからディズニー映画や一部の少女マンガなどを見ると、「罪だな」と俺は思う。

恋愛成就がそのままハッピーエンドになっているからだ。

まるで、「両想い」にさえなれれば、そこから先は真っ直ぐな道をひたすらフリードライブでお気楽かつ能天気にお花畑だけを見ながら暮らしていけるかのような描き方をされていることがある。

これは世の中の少年少女たちに、いらぬ誤解や妄想を抱かせる恐れがある。

だからもしも、美女と野獣(から人間にもどった男)がキスするのを目にしたチップが「二人はいつまでも幸せに暮らすの?」と問うた時、俺がその場にいたならばこう答える。

「それはこれからの二人にかかっているね」と。

間違ってもポット夫人のように、頬を染めながら「もちろんよ」と宗教に基づいた希望的観測を無責任に述べるようなことはしない。

「なまじ大きな障害を乗り越えて想いが熱く燃えたぎっちゃった分、あの二人は現実に対応するのに苦労すると思うよ。家柄や教育、付き合っている人々の階級も大きく違うしね。」と俺は答える。

 

そしてくり返すが、これは悪いことではない。

それをする、それをできるということこそが、自由の実現だからだ。

社会の柔軟性と個人の自由が確保できた時に初めて、俺たちは未知なる世界に飛び込むことが可能なのであって、“しんどい”ことができるというのもその報酬だ。

好きな相手と恋愛し、好きな職業を選び、好きな生活をできるのが今の社会だ。

その中で一人ひとりが選んで、飛び込んだものに応じて、それなりの手ごたえが返ってくる。

その「自由」という財産の価値を知るならば、“しんどさ”は代償ではなく、報酬そのものなのだ。

「両想い」から始まる本物の恋愛というのは本質的に「ままならないもの」であり、その「ままならないもの」こそが人生の宝物なのだということを、ここに言っておく。

ハッピーエンドなどというものは人生には存在しないし、おそらく必要もない。

「My Boo」聞いて共感してるってことは、今の十代は(俺と違って)そんなことちゃんとわかってるのかもしれないけどさ。

 

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