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こういうことを書くと社会的に自分が不利になるということはわかっているのだけど、とにかく俺は自制心というのか、自分をコントロールする力が弱い。

「やらなきゃいけないこと」「やったほうがいいこと」、挙句の果てには「やりたいこと」まで、全部まとめて、やらない。

逆に「やっちゃいけないこと」「やらないほうがいいこと」、挙句の果てには「別にやりたくもないこと」を、いつのまにか平気でやっている。

「あきまへんなぁ、こういうことは」と思いながら、グダグダとやっている。

そんな時は、「あ、俺なんかのネジが足りてないんだな」と思う。

「自分で自分自身を統御する」という、「主体意識」とか、そういう近代的なシロモノをうさんくさいと思って回避していたら、いつの間にかこういう自分ができ上がっていた。

これはこれで、不便だし、損してるよなぁと思う。

 

でも結局根本的な原因は「これがやりたい!」、「どうしてもこれがいい!」っていう”こだわり”が薄いからなんだろう。

ほとんどのことは「まぁ、どっちでもいいかな」程度のこだわりしかないから、どっちでもいいんですよ。

このあたりは俺の個人的な性格というよりも、世代的なものだと思っている。

俺の年下の世代は、「まぁどっちでもいい」感覚の中で生きる人がどんどん増えるんじゃないかと思っている。

それはそれで素敵なことですよ。

戦争にならないからね。

 

ただ、「面白いこと」ってのは、ある程度、根つめて築き上げたものの上に初めて実現するものだとは思う。

グダグダやった結果として「つまんないなぁ」なんて言って欝になるのは、さすがにちょっと損しすぎというか、もったいないかなと思う。

そこまでわかってるからといって、素直にじゃあ「やろう」ってことになるかというと、ならないから困っているわけだけど。

こういう感覚の中で、変に無理することなく、寝そべって漫画読むのと同じぐらいの平坦さで、何か面白いことが生まれるように上手いこと何かをネットワークできないもんかなぁ。

「面白いこと」ってのは、つまり浮き浮きしたり満足したりすることで、欝にならなくて済むような健康的作用のあるやつだ。

筋トレみたいなやつ。

筋トレつづいたことないけど。

 

そのために大事なのは、やっぱり「一人じゃない」ってことだね。

誰かと一緒に何かをして、それが誰かの目に留まる。

それが、スマホで動画みるぐらいの平坦さでできるといい。

チンパンジーがいつのまにかピラミッド立てちゃってるぐらいのやつがいいね。

21世紀の希望ってのは、そういうもんだ。

「日本の底力」とか、「世界の盟主に」とか、そういうのマジでイラネ。

 

 

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