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1.「TOKYO GIRL」というマスターピース

例によって、それと知らずにPerfumeの新曲「TOKYO GIRL」のビデオを目にしたわけだが、その冒頭に引き込まれた。

シンプルで壮大なリズムと共に、東京の夜景がワイドな空撮の映像で淡々と流れる。

そこには奇をてらった演出や、オリジナリティを付けるために工夫された先鋭的なものは、何もない。

やがて映し出される、ありえないほど高所へと昇り行くエレベーター。

これも、SF的には古典的な「宇宙エレベーター」というイメージでおなじみの風景。

(実際には超高層のビルだということは、ビデオの後半で明らかになるのだけど、いずれにせよ改めて驚くようなアイディアではない)

やがてエレベーターの中であ~ちゃんが歌いだし、「ああ、パフュームの新曲か」と気づく。

そしてこれが、素晴らしい曲だった。

 

ビデオと曲の冒頭の印象のとおり、この曲には特別な仕掛けや工夫はほとんど無い。

ただただ、王道に、「良い曲」だ。

音も歌詞も、今鳴らすべき音、今言うべき言葉で、端正に完成されている。

土地と時代を捉え、アーティストの実存にもピッタリとフィットする。

サントリーのシングルモルトウィスキー「山崎」の昔のキャッチコピーで言うところの、「何も足さない。何も引かない。」。

同時代的に見れば「教科書的」で、後の世から見ればその時代を象徴する「マスターピース」だ。

(「教科書的」が悪口だと思う人は、教科書を書けるためにいったいどれだけその分野に精通している必要があるか、果たして自分には何かについての教科書あるいは教科書的な作品がつくれるのかを自問してみてほしい)

 

そこで俺が思ったのは、それ単体で完成しているような究極のマスターピース的作品が、今のJ-POPにどれだけあるのだろう、ということだ。

というのは、このPerfume の「TOKYO GIRL」のビデオに出会った時、俺は久しぶりにこれほど完成し、完結した一曲に出会ったような気がしたからだ。

今のアーティストはファンと継続的な関係を築くことを目指すから、アーティストは自分の創作活動を決して「完結」させるわけにはいかない。

常に「未完」であり「途上」であり、「次」や「先」を期待させるものでなくてはならない。

しかしPerfumeのこの新曲を聞いた時、俺が感じたのは、新たな野心的な試みでもなく、ライバル達と差別化するための個性の強調でもなく、単なる「良い曲」への追求の姿勢だった。

たとえばメロディーラインや、サビ前の引く音と残す音の配置などに、当今のEDM(というか、Avicii)との類似性を感じるところ。

「EDM」などという言葉が生まれるはるか前からエレクトリックなダンスミュージックを手がけてきた中田ヤスタカが、EDMの新たな勢力たちから何かを得るとしたら、それはもちろん時代にキャッチアップするためではなくて、単に良い曲を作るためだ。

この、てらいのなさというか、ひねてなさというか、まっすぐさのようなものを、冒頭にも書いたとおり、映像にも歌詞にも感じる。

映像でそれを感じるのはたとえば、「TOKYO」といって映し出されるのは、単なる東京の夜景の空撮であったり、東京のどこにでもありそうな何の変哲もない景色か、有名な名所ばかりのところ。

(ところで天王洲ふれあい橋に走ってくる男性って、サカナクションの山口一郎に見えるのだけど、これは俺の気のせいかな)

歌詞でそれを感じるのはたとえば、今の世を表すのに「情報」とか、ダンスミュージックのサビの冒頭に「踊れ」とか、なかなか使うのにためらわれそうなほど直接的な言葉を使っているところ。

ほとんど新奇な要素が無いのに(あるいは、無いからこそ)、これほどの傑作で、マスターピースだと感じられる。

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2.Perfume もっと始まってる

Perfumeにとっては1年3ヶ月ぶりのシングルになるということだが、その間に何をしていたかといえば、ツアーをしていた。

そのツアーの中には、北米ツアー5公演が含まれている。

ツアー前最後のシングルになった、「STAR TRAIN」のビデオがこちら。

YouTube上でこのビデオに寄せられたコメントが熱い。

もちろん「STAR TRAIN」は間違いなくPerfumeを描いた歌なんだけど、
この歌を聞いていると、スタジオの不自由さに苦しんで自宅でマスタリングまでやろうと決意した頃の中田ヤスタカを、ニューヨークに勉強に行ってネイティブのダンスに打ちのめされていた頃のMIKIKOを、音楽ビデオをやりたいと親に内緒で大学を中退した頃の関和亮を、同時に考えてしまう。
誰もがPerfumeに出会った時はほんの駆け出しだった。
誰もが手探りで夢を見て、片道切符を求めていたのだ。

by piihyoko

Perfumeは「マジソン・スクエア・ガーデン2DAYS」という、ほとんどマドンナ並みの野望を公言しているそうだ。

その夢に向かうツアーに出発する前のシングルが「STAR TRAIN」だった。

そして、ツアーをやり遂げての第一弾シングルが「TOKYO GIRL」になる。

(その間に「FLASH」という、映画の主題歌はある。これもパワーに満ちた強力な一曲。)

 

新たなスタートがマスターピースであるということ

今回のツアーでPerfumeがニューヨーク公演2DAYSをおこなったのは、マジソン・スクエア・ガーデンの斜向かいのブロックにある会場だ。

かしゆか:初めてやったニューヨークでの2DAYSは苦しい思いをしたんです。「やっぱりもっとがんばらなきゃ、この会場での2DAYSを完全には埋められないんだな」っていうの目の当たりにして。私たちが目標にしてる場所はすごく大きいから、もっともっと力を付けて気合いを入れないと辿り着けないんだってわかって、改めて覚悟を決めました。

http://natalie.mu/music/pp/perfume12

Perfumeはまだ、夢を目指す途中だ。

さて、今のJ-POPで、それ自体で完結したマスターピース的な作品になかなか出会えないことの原因として、俺がさきほど挙げたのは、アーティストが常に「途上」にあること、だった。

Perfumeはまさに、夢へと向かう途上で、これを応援するファンの心理もまた、典型的なものである。

まさに「途上」にあるはずのPerfumeが、改めてスタートの切り直しとも言えるこのタイミングで、さらに普遍性(「ポップ」の確かな意味の一つは「普遍性」だ)と完結性を高め、リリースされた時点で古典の風格を持っているほどのマスターピースを投下する。

このタイミングで、新たな要素を取り込んだ挑戦的なものでもなければ、特に目を引く目新しい要素があるわけでもない、単なるマスターピースをドロップすることの意味。

 

Perfumeが「もっともっと力を付けて気合いを入れないと辿り着けない」ことを実感していた2016年、世界で行われたあらゆるツアーの中で、最も多くの観客を動員したのはブルース・スプリングスティーンのツアーだった。

マジソン・スクエア・ガーデンといえば、ブルース・スプリングスティーンの本拠地とも言えるハコで、2016年のツアーでは2公演を行っている。(過去には10DAYSだとか8DAYSをやったこともある)

そのブルース・スプリングスティーンは2012年に、世界最大規模のフェス「SXSW(サウス・バイ・サウス・ウェスト)」での基調講演で、こんなことを語っている。

今夜ステージに立ち、さあやるぞという時になったら、それが自分のすべてだというつもりでやるんだ。ライヴで演奏し、観客を納得させること。それを毎晩、毎晩続けること。

http://www.museonmuse.jp/?p=1679

ちなみにこの2012年のツアーでもスプリングスティーンは観客を動員しまくり、動員数はマドンナに次いで2位だった。

世界で最も観客を動員するアーティスト、スプリングスティーンが若い人に語りかけた講演の中で呼びかけたのは、「毎晩全力を尽くすこと」だった。

2016年のツアーで「もっともっと力を付けて気合いを入れないと辿り着けないんだ」と実感したPerfumeにできることがあるとすれば、それはおそらく「常に全力を尽くす」ということになる。

 

ライヴアクトはレコードにもすべてを注ぐ

Perfumeが次なるステージへと進みゆく2017年、その幕開けのシングルが「TOKYO GIRL」というマスターピースだった時、それが意味するのはPerfumeがこのシングルに「自分のすべてだというつもりで」、力を注いだということだろう。

ただこれだけが、人々の心をつかみ、観客を動員する方法だ。

もちろん広告やマーケティングは決定的に重要だが、それでもなお、重要度では曲のクオリティが優先する。

なぜなら広告で誘導できるのはあくまで浅い入り口まででしかなく、そこで離脱されてしまっていては動員力の上積みにならないからだ。

だからもしも、最近のJ-POPで、スケジュールに合わせて量産されるだけの味気ない曲たちがチャートの上位を占めているのを見ながら、「いまやポップミュージックはレコード芸術ではなくて舞台芸術に移行しているから、何よりも重要なのは作品をリリースすることで、仮にその曲が単体で傑作(マスターピース)と言える水準に届いていなかったとしても、そのおかげでツアーの日程を組むことができて、内容も一新された舞台を観客に届けることができるのだから、それでいい。」と思っている人がいるならば、俺はそれは無理なんじゃないかと思う。

細かいことは置いといておおざっぱな意見だけ言えば、レコード芸術の衰退はポップミュージック全体の弱体化だと、俺は思う。

 

ブルース・スプリングスティーンは常に最強のライヴアクトであったと同時に、レコードの世界でも巨人だった。

世界で2番目に観客を動員した2012年のツアーのさきがけとなったアルバム『レッキング・ボール』は、ローリング・ストーン誌が2012年のベストアルバムに選んでいる。

2016年は『ザ・リヴァー』の25周年記念盤を引っさげてのツアーだったが、この復刻盤も単なる復刻ではなく、壮大な6枚組みセットであり、2万円という価格をおそらく誰も高いと思わない濃密で膨大な内容だ。

『闇に吠える街』のレコーディングの時にはドラムセットの位置を決めるのに1ヶ月以上かかった、なんていう話をつい最近も読んだが、スプリングスティーンのレコーディングにはそんな逸話があふれかえっている。

レコーディングがあるたびに、本当にぶっ倒れるかような思いでこだわり抜いて、やっと出来上がった10曲前後アルバムの背後には、たとえば膨大なアウトテイクがあったりする。

この『ザ・リヴァー』の25周年記念盤のようなアンソロジーが出るたびにファンはそれを思い知ってひっくり返る。

スプリングスティーンはステージに立つ時だけでなく、スタジオにいる時にも「それが自分のすべてだというつもりで」全力を注いできたのだ。

ファンはそれを知っているから「ボス」と呼んで敬愛する。

2016年にスプリングスティーンが世界で最も多くの観客を動員したとすれば、ライヴとレコーディングに全力を注いできた、そのすべての結果なのである。

広告でファンの手元にパッケージを届けるところまではできるが、ファンの心をつかむのはどうしたって音楽でしかない。

俺の音楽はもともとレコードという形態でリリースされていたけれど、今では1と0のコンピュータの世界が主流になり、俺が13歳の時から集めてきた全レコードコレクションを胸ポケットに入れておける時代になった。その間も一貫して変わらなかったことは1つだけだ。それは創造の起源と力、ソングライターや作曲家、あるいは作り手の力だ。だから、人がダンスミュージックを作ろうと、アメリカーナ、ラップミュージック、あるいはエレクトロニカであろうと、大切なのは、作り手がいかに自分のやっていることをまとめ上げるかということで、どういう要素を用いているかというのは大した問題じゃない。人間の表現や経験の純粋さというのは、ギターやチューバ、ターンテーブル、マイクロチップなんかに制限されるものじゃない。正しいやり方、純粋なやり方なんてどこにもない。ただやるのみだ。

http://www.museonmuse.jp/?p=1679

これも、先ほどのSXSWの基調講演でブルース・スプリングスティーンが語ったことである。

 

ポップミュージックでリスナーをロックしてロールする

ついでだから、本題のPerfumeからはずいぶん離れていくけれど、世界で最も観客を動員するブルース・スプリングスティーンのライヴの様子でも貼っておく。

これはおそらく2012年の映像だと思う。

何をやっているかというと、これはスプリングスティーンのライヴに必ず組み込まれるお楽しみ「リクエスト・タイム」 の一場面だ。

この時間に突入すると、観客が掲げるリクエストボードをスプリングスティーンが自分で集めて回り、その中から数枚を選び出して演奏する。

(リクエスト「ボード」って言ってるけど、皆だいたいチラシの裏紙みたいなどうでもいいものに書いてるし、今回の映像のやつに至っては紙ですらなくてもはやゴミだけど、スプリングスティーン本人の手に渡るかもしれないものなのに、みんな本当にテキトーで、この辺がアメリカだよなとなんとなく感じる。)

スプリングスティーンのライヴのあり得ないほどすさまじい点としてよく挙げられるのが、ほぼ必ず3時間を超える尺の長さと、予測不可能に入れ替わるセットリストだ。

数百曲とかの持ち歌のライブラリをバンドはいつでも演奏可能な状態で持っておいて、日替わりで曲を取り出しつつ、3時間以上にわたって観客をロックしてロールする。

それに加えてこのリクエストタイムがあるのだけど、リクエストについては当然、事前に何の曲をやるかは誰にもわからない。

持ち歌だけじゃなく、他人のカヴァーも平気でやる。

この「You Can Never Tell」もチャック・ベリーのカヴァーだ。

バンドとしても、その場で合わせて調整しながら音楽を作っていく、その過程も含めて観客と一体となって楽しんでいく様子が、このビデオを見るとわかるのではないかと思う。

そんなことが可能なのは、ロックンロールなんてのはほぼ決まったコード進行と、共通した曲展開の構造を持っているからだ。

「あの曲」と聞いてコード進行と構成がバンド全体で共有できれば、どこでソロを入れてアレンジしていけるかとかもすぐに思い浮かんで、スプリングスティーン(「ボス」)の指揮の下に合わせられる。

その決まりきった形式の中で、いったいどれだけのことができるかということに、ポップミュージシャンたちは皆全力を注いでいる。

 

Perfumeに見るロマン

Perfumeは新たなスタートに、最高の一曲を持ってきた。

目の前のことに全力を注ぐこと。

いつもすべての持ち札を切って、引き出しも全部開けて使い切る。

仮にすべてを出し切って後にはもう何も残っていないと感じるほどでも、生きていて次の作品に取り組む時には、また何かしら生まれているものだ。

それは逆説的には、本当に完成された完全なマスターピースというものが、原理的には不可能であるということを意味してもいるのだけど、クリエイターはいつでもマスターピースという夢を追いかけ、そのために全力を注ぐ。

そこに、ものづくりのロマンがあるし、そうでない作品は、リスナーは気づく。

作品で心をつなぎとめておけない場合には、現代ではメンバーの変遷や、そもそもプロジェクト自体を変えて、更新することで飽きさせない仕掛けをしている。

それはビジネスとしてはクリエイティブだけど、音楽としてのクリエイティブではない。

日本でもはや最強のライヴアクトとも言えるPerfumeが、仕掛けでなく音楽で、レコードにおいても一曲ごとにすべてを注いでいることを、俺は嬉しく思う。

そしてそれは確実に、俺のようなライトリスナーの心をも動かしている。

これからのPerfumeから、いったいどんな曲が生み出され、どんなライヴがくり広げられるのだろうか。

何も新奇なことはしていないのに、確かに新しい何かが、始まっている。

 

 

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