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1.2016年のレコード大賞は西野カナ!

俺の大晦日

今日は大晦日。

大晦日といえば、かつては夕方からレコード大賞から紅白歌合戦へのマラソンが定番だった。

ところが大晦日の裏番組が強くなったものだからか、レコード大賞が30日に移ってきた。

今年の年末、俺は妻の実家で、赤ちゃんを抱えながらテレビを見ていた。

今年の傑作アルバム、清水翔太の『PROUD』の全曲ソウルレビューを書き終えた24日の夜、妻の陣痛が始まった。

そして、大変なりに無事に(妻が)出産を終えて、妻の実家で俺は赤ちゃんを抱えてテレビを眺めていたのだ。

そしたら、西野カナがレコード大賞に輝いているではないか!

いつか書くだろうと思っていたことを、こうなった以上は今年中に書いてしまうことにした。

妻の実家のLANケーブルを図々しく独占しながら、書く。

 

2.2016年のレコード大賞

今年のレコード大賞の優秀作品賞は以下の10作品だ。(タイトル50音順)

  • 「あなたの好きなところ」西野カナ
  • 「海の声」浦島太郎 (桐谷健太)
  • 「女は抱かれて鮎になる」坂本冬美
  • 「最&高」きゃりーぱみゅぱみゅ
  • 「365日の紙飛行機」AKB48
  • 「涙のない世界」AAA
  • 「花束を君に」宇多田ヒカル
  • 「みれん心」氷川きよし
  • 「ラストシーン」いきものがかり

この10作品の中から、大賞が選ばれる。

このラインアップを見たところで、俺は「西野カナしかない!」と思った。

あくまで、俺が選ぶなら西野カナになる、ということだ。

過去10年間で大賞を取ったのは、EXILEが4回、三代目J Soul Brothersが2回、AKB48が2回。

ちょっと産業的なプロジェクトが多すぎるかな、というのが俺の印象だ。

EXILEプロジェクトやAKB48を聞いていても、商品としての側面が強すぎて、俺はなんだか心踊らない。

音楽作品というよりも、量産型の工業製品のように感じてしまう。

だからレコード大賞1億円領収書事件とか聞いても、特に驚きも幻滅もしないのである。

もっと作家性が強くて、アーティストの顔が見えるようなものが俺は好きだ。

アーティストの実存と、商業音楽のポップネスのはざまで揺れ動きながら生まれてくる、奇跡のように完成度の高い音楽が好きだ。

 

今年の優秀作品賞のラインアップを見たとき、大賞に値するほどの存在感があったのは、西野カナ、浦島太郎、AKB48、宇多田ヒカルの4作品かな、と思った。(その意味では、AKB48よりも乃木坂46のほうが存在感強かったと俺は思うが)

そのうち、上記の俺の基準に当てはまるのは、西野カナと宇多田ヒカルだ。

そして過去をふり返ってみると、圧倒的な差をつけていない限り、会場に来ていないアーティストには大賞はほとんど贈られない。

そういうわけで、「西野カナしかない!」と俺は思ったのである。

 

3.That’s Why We Love J-POP

たとえば仕事帰りに、俺はいったい何をしているのだろうと夕焼けの空を見上げてため息をつくような時がある。

なんだか昔に思っていたような「大人」のイメージと違う気がする。

何が楽しくて、俺こんなことやってるんだっけ?

そんな帰り道に、いつもの癖でなんとなくiPhoneにつないだイヤフォンを耳に突っ込む。

そして耳に西野カナの曲と歌声が流れ込んできて、しばらく少し耳をすませていると、説明できないほど突然に、自分らしい元気が帰ってくる。

「そうか、帰り道だった! これから何しようかな。なんでもできるな」

 

俺達の毎日に起こる出来事を。

俺達の頭や心の中に毎日浮かんでは渦巻いている、様々な感情だとか考えごとを。

俺たちが過去をふり返って、未来を見据える、一人ひとりの物語を。

西野カナは歌ってくれる。

西野カナが歌ってくれると、素敵なものに見えてくる。

西野カナの歌詞と歌声と曲が、俺達の毎日を整理して、適切に配置して、飾り付けをして、灯をともしてくれる。

 

■俺たちは日本に生きている

J-POPが俺たちに与えてくれるのは、「あなたは、ある共同体の中に確かに生きている」と告げる祝福だ。

俺たちはこの社会で、個人として独立して生きている。

俺たちの想いや感情は、他の誰にも絶対に理解してもらえないし、俺の人生のことを本当に気にかけてくれるのは、俺しかいない。

俺たちは自分の人生を、自分の手で切りひらく以外にない。

俺たちはなんとか自分の人生を、良いものにしようだとかまともなものにしようと奮闘している。

その孤独と負担に、時に疲れて苦しくなってしまう時もある。

 

しかし俺たちが自分の人生を判断する「良い」だとか「まともな」だとかいう基準は、個人のものではない。

俺たちは独立して生きているけれども、少なくともその基準は周囲の人々と共有している。

俺たちは別々に生きながら、同じ基準で、同じ目線で、人生を眺めている。

それで俺たちは、一人じゃないと感じられるのだ。

勉強の苦労も、仕事を探す苦労も、仕事をする苦労も、友人関係の苦労も、恋の苦労も、みんな似たようなことで悩んでる。

逆に言えば、勉強の喜びも、仕事を探す喜びも、仕事をする喜びも、友人関係の喜びも、恋の喜びも、分かり合える。

 

日本全国の津々浦々で、別々のところで別々のことに悩んでいる、独立した俺たちを、J-POPはつなげてくれる。

J-POPの歌詞は、日本全国に通用する「普遍」や「普通」を教えてくれる。

そしてJ-POPの華やかさと、音楽の芸術性は、「普遍」や「普通」が、充分に生きるに値するほど美しいものだと教えてくれる。

俺たちはJ-POPを聞きながら、「当たり前」のことに魅力を感じて惹かれていき、「当たり前」のことをするのが嬉しくなる。

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4.西野カナが俺たちにくれたもの

That’s Why We Love 西野カナ

どうして俺たちはこんなに西野カナの曲に魅力を感じるのだろう。

日常生活に根ざした等身大の歌詞を書く女性シンガーソングライターはたくさんいる。

俺が思う、西野カナの特別なところは、以下の4点だ。

①具体的な物語

西野カナの曲は、ほとんどいつもテーマ(何を描くか)とコンセプト(どう描くか)がとてもはっきりしている。

「何の曲」なのかが明確にされた上で、歌詞も音も一つの方向へ向けて集中している。

西野カナの曲は、どれをとっても、すぐさま2000字の小説や、5分のショートムービーをつくってしまえそうなほど、具体性に富んでいる。

ただ具体的であればいいというものでもない。

誰が聞いてもすぐに伝わる普遍性がなければならない。

しかも商品として、華やかで、魅力的に描いてある。

これは本当にすごいことだ。

俺は2000字の小説も5分のショートムービーもつくったことがある。

描きたい事を明確にして、無駄なく、不足なく、伝わりやすくて面白い、短い作品に仕上げていくのは、決して簡単なことではない。

例として「Darling」を挙げておくか。

別にどの曲を選んでも同じことが言えるのだけれど、アレンジがアコースティックでシンプルなほうが伝わりやすいかと思って、「Darling」にしてみた。

②声

西野カナがデビューした時のキャッチフレーズは「40000分の1のガーリィヴォイス」だった。

40000分の1というのは、40000人が参加したオーディションを勝ち抜いたことを意味しているのだが、キャッチフレーズ後半の「ガーリィヴォイス」というのは、まさに西野カナの声の表現にぴったりだ。

声だけで、本当に「女のコらしい」声だと感じさせる。

しかも、西野カナのように明るめのカラーでウェーブがかかったロングヘアーの女のコをイメージさせるような声だ。

この声を聞くと、男は「彼女にしたい」ような女のコらしさを、女は「かわいい!」といいたくなるような女のコらしさを感じるのだ。(いや、他人がどう感じるかはわからないけど、たぶん)

俺が初めて聞いた西野カナの曲は「もっと…」だ。

その時に感じたのは、「狙いすぎなほどガーリィだな」と。

ただ、今となってはよくわかる。

狙いすぎなのではなく、西野カナはデビューから今までずっとひたすらガーリィなのだと。

この誰にも真似できないほど強く、一聴してわかるガーリィさも、また西野カナの特別なところだ。

例としては、Infinity 16の客演に呼ばれた「真冬のオリオン」を挙げておく。

姉御肌なMINMIの歌声との対比が絶妙だ。

 

③歌と曲のグルーヴ

俺が西野カナのファンになったのは、バイト先の有線で「Dear…」を聞いた時だ。

イントロ、トラック、内容はガーリィな歌詞の語呂と音の流れ、サビのメロディ、全体の「冬」感。

そして何よりも、西野カナのヴォーカルとトラックの絡みが生み出すグルーヴの心地よさだ。

これにはもちろん、作曲やアレンジャーの力量が貢献しているところが大きい。

しかし同時に、西野カナの「合いの手」というか、歌詞に乗らない隙間に入れる「Uhh…」とか「no no no」とかのスムースさが絶妙なのだ。

これを聞いて俺は直感した。

西野カナというのは、ただガーリィであるだけでなく、洋楽というか、ブラックミュージックのフィーリングを理解して身につけているシンガーなのだと。

ただ等身大で、手に届く世界だけで生きてきたわけでもなく、ただ洋楽のかっこよさや、海外の本格に近づくことを目指しているわけでもない。

その両方を持っているというのが、西野カナの特別なところだ。

ここでも、どの曲を挙げてもいいのだけど、「ONE WAY LOVE」を挙げておこう。

Ne-YoかBabyfaceあたりが作ったのだと言われても何となく納得してしまいそうな、スムースなナンバーを歌いこなす西野カナ。

④生産力

西野カナは2008年のデビューからこれまで、シングルを29枚、オリジナルアルバムを6枚出している。(ソースはWikipedia)

平均して、シングルは3ヶ月半に1枚のペース、アルバムは1年4ヶ月に1枚のペースで出している計算だ。

もちろん、これはあくまで平均だから、期間毎にはペースが落ちた時期も、連投された時期もある。

たとえばシングルは「さよなら」から「We Don’t Stop」の間に10ヶ月空いている。

ここで少し存在感を落としたかと思えたところで、西野カナは次のシングル「Darling」を大ヒットさせるのだ。

この継続性と、一貫したクオリティの高さが、西野カナが他のアーティストを引き離す特別なところだ。

デビュー5年目にして2枚組のベストアルバムを出して、その2年後には2枚組みのB面集まで出してしまうことの、特別さ。

しかも、ぜひ聞いて確かめて欲しいところなのだが、どちらも「ベスト」と呼ぶのに一抹のためらいも生まれないほど、有名なヒット曲に満ちている。

次々と曲を作ってはヒットさせていくその姿は、まさに「プロフェッショナル」や「仕事人」と呼びたくなるものだ。

 

①のテーマやコンセプトの話ともつながるのだが、この生産力を可能にしているのは、西野カナが日常生活のあらゆることを歌うからだ。

俺達の毎日に現れるいくつもの場面で、西野カナはいくつもの祝福を届けてくれる。

そんなアーティストが同じ世代にいてくれる幸福。

俺たちが歳を重ねるたびに直面する様々な場面を、同じように歳を重ねていく西野カナが歌ってくれる。

俺たちの世代には岡村孝子も岡村靖幸も、松任谷由実も山下達郎も、中島みゆきも吉田拓朗もいないけれど、西野カナと清水翔太がいる。

ここではベストアルバムを貼っておこう。

西野カナが届けてくれる「LOVE」

このブログでは先日までは、清水翔太の『PROUD』全曲ソウルレビューの連投、そして今回は西野カナ。

俺はSony Music Entertainmentから何か受け取ってんじゃないかと思えるほどの推しっぷりだが、しかしもちろん何も受け取ってなどいない。

ただ、もしも何かを受け取っているとすれば、彼らが届けてくれる音楽とメッセージを受け取っている。

俺が彼らから何を受け取ったかを言いたくて、俺はこのブログを書いているのだ。

「This Is The One!」ってことが言いたくて、書いている。

 

西野カナのアルバムには、すべて「Love」という単語が入っている。

「愛」とは、誰かに幸せでいるようにと願うこと、その願いを込めて何かをすることだ。

西野カナの歌には、いつもリスナーの幸せを願う気持ちが込められている。

同じ出来事でも、苦しいように歌うこともできれば、楽しいように歌うこともできる。

西野カナはいつも、人々の毎日の出来事の数々を、幸せに向かう方向で歌って、彩ってきた。

西野カナが歌に込めた「Love」を、俺はいつも受け取ってきたのだ。

それが西野カナが支持される一番の基本的な理由であり、俺が西野カナを好きな理由だ。

(ただ、これも清水翔太のところでも書いたとおり、ポップス以外の道を西野カナが見つけられたのなら、いつでもやめてもいいよ、とも思っている。ポップス以外の音楽の道もある。いつも人々の幸せに貢献してきた西野カナだから、もういつでも自分の幸せを優先していいと思う。)

 

それで、最後に俺が言いたいのはこういうことだ。

西野カナ、レコード大賞おめでとう!

そして何より、いつもありがとう!

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