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「もしも明日が人生最後の日ならば何をするか?」と問われれば、そんなもの答えは決まっている。

妻と娘とのんびり遊ぶに決まっている。

ところがまた月曜日になれば朝7時半に、俺は娘を保育園に送り届ける。

 

たぶんスティーブ・ジョブズも同じだっただろう。

最後の一日には、家族と過ごしたいと望んだことだろう。

ところが彼は人生のほとんどの時間を仕事にささげた。

彼はハングリーでフーリッシュであることを選んだ。

スティーブ・ジョブズ スピーチ 全文&日本語訳

 

俺たちが「大人」になれるかどうかは、「人生は長い」という事実を受け入れられるかどうかにかかっている。

望むと望まざるとにかかわらず、人生は長い。

人生は長いから、今日と明日のことしか考えられない人間はいつか窮地に陥る。

スティーブ・ジョブスは「もしも明日が人生最後の日ならば何をするか?」という問いと同時に、「明日が人生最後の日ではないから何をするか?」という2つの問いに答えながら生きていたはずだ。

 

長期ビジョンを持てるということが、どんなに貴いことか、俺は知っていると思う。

病気や災害や戦争。

明日のことすら約束されない環境は、人間の心に重くのしかかる。

数年先や数十年先を考えられる環境がどんなに恵まれているかを痛感し、その環境が欲しくてたまらなくなる。

 

30年後のことを考えることが、こんなにもダサく思えてしまうのはなぜだろう。

キャリアや将来設計について考えると胸クソが悪くなる。

窮地に陥っている俺は、自分の思考に蓋をしているこの妙な反発心を理解して消化しなくてはならない。

 

一見したところ両立しえないように見えるいくつかの要素が、しかしすべて成立し得る地点がある。

俺の気づいていないその地点を見出さなければ、俺は幸せになれない。

以下の要素がどのようにしてすべて両立しえるのか。

  • 明日が人生最後の日ならば何をするか?
  • ステイ・フーリッシュ、ステイ・ハングリー
  • 人生の長さと平和を活かすための建設的思考

なぜこれらの要素が同時に成立するのだ?

そして俺から見て「大人」だと、「ちゃんとした人間」だと見える人は、これらがすべて成立している地点で生きているように思える。

 

俺は70歳まで生きる、なんて言われたら「嘘だ!」と言いたくなる。

でも、その確率が一番高い。

統計的に正しい情報と蓋然性に基づいて決断を下すということが、人間的な行為なんだ。

「嘘だ!」じゃなくて、「ほとんど本当」なんだ。

それを喜べない俺は、たぶん何かから逃げてるんだ。

 

 

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