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「FLY」ツアーの夏(ではない2017年の夏)

先日から甲子園も始まり、間もなく「終戦の日」。

2017年の夏も佳境である。

我が娘(0歳7ヶ月)にとっては初めての夏だ。

清水翔太とファンの皆さんにとってこの夏は、「FLY」ツアーの夏ということになるのだろう。

今日(8/12)からは武道館2DAYSだ。

しかし俺にとってはそうではない。

チケットの抽選に落ちまくったというのもあるし、そもそも手に入れていたとしても行けるかどうか分からなかったというのもある。

俺にとってこの夏は、今のところほとんど仕事の夏だ。

しかしそれだけではなんだかつまらないので、いくつか加えようとしている。

そのうちの一つが清水翔太のアルバム『FLY』のソウルレビューであり、もう一つはちょっとした小説の創作だ。

 

2016年に発表された前作の『PROUD』から、清水翔太の音楽がこんなにも俺にとって大切になったのはなぜだろうか。

清水翔太と俺は同世代(学年で1つ下)だ。

彼のアーティストとしての鋭く豊かな感性と表現力は、俺たちの世代が日ごろから感じているフィーリングを形にしてくれる。

俺は清水翔太の音楽をつうじて、自分自身を見つめている。

そしてその視線は俺自身を超え、清水翔太を超え、この2017年という時代について何かを示唆してくれる。

 

Sorry Not Sorry (but I’m sorry)

ずっと感じている矛盾が、俺にはある。

一方に、「自分自身」にこだわりぬきたいという、欲求がある。

それと同時に、「自分自身」にこだわることは孤独を深めていく結果になるという、直感がある。

ここまでは問題ない。

ならば単純に、「自分自身」にこだわりぬきながら、孤独と共に生きればいい。

しかし問題は(矛盾というのはここに生まれるのだが)、「自分自身」にこだわりぬきたいという俺の欲求と同時に、誰かと触れ合って孤独でない生涯をおくりたいという欲求も、俺にはあるということだ。

どちらも同じぐらいに真に迫った欲求であるから、俺は困る。

 

アルバム『FLY』の第一曲目、「Sorry Not Sorry」は、まず端的に清水翔太のアティチュードを提示する。

この曲で清水翔太は、誰の指図もうけず、自分自身の統率のもとに行動すると宣言する。

何の為に生まれて

何処へ向かうのか

俺は自分で決める

 

Sorry Not Sorry

君の望むようになれない

Can’t control me

いつでも my only

 

Sorry Not Sorry

ただ自由気ままに

進みたい方に

舵をとるだけ

Sorry Not Sorry

人がもっともパワフルに行動できるのは、こんな状態のときだと思う。

自分で自分をコントロールできる状態。

自分が自分自身の主(あるじ)であると確信できる状態。

「自由」の一つの実現のかたちであり、アーティストとして何よりも大切なアティチュードだろう。

自分自身の心にそむくものは作らないという覚悟。

 

実を言うと、俺も、こんな風に感じるときがある。

正確には「あった」と言うべきだろうか。

誰しもあるのではないか。

自分自身を完璧にコントロールできていると感じ、自分の生き方に確信を抱くような心理状態のときが。

しかし経験上、これはあくまで一時的なのだ。

『FLY』というアルバムも、この冒頭の「Sorry Not Sorry」でアーティストとしての重要なアティチュードを示した後、少しずつ迷いの中に入っていく。

 

清水翔太28歳。『FLY』の時代。

この先、『FLY』というアルバムをとおして、俺は先ほどの矛盾を常に感じる。

相反する二つの心理的な力に、引き裂かれていく心を感じる。

そこで俺は、この二つの心理的な力に、名前をつけておく。

①何を犠牲にしても自分自身を追及したいという欲求=「エロス」 

②誰かに優しくして、いたわり合いながら共に暮らしたいという欲求=「タナトス」

この名前が適切かどうかなんてわからないし、別に「恋」と「愛」と呼んでもいい。

要は、両立しえない相反する二つの心理的な力が、一枚のアルバムの中に平気で共存しているということだ。

『FLY』の曲は、この両極端のどちらにも定まることなく、あちらに振れたりこちらに振れたりする。

①エロスに振れる曲群タナトスに振れる曲群入り混じる曲群
1.Sorry Not Sorry

4.Drippin’ feat. IO, YOUNG JUJU

9.いつもBLUE

10.FIRE

3.My Boo

7.Because of you

8.milk tea

2.FLY

5.夢がさめないように

11.speechless

12.TOKYO

 

そして、一枚のアルバムの中に平気で共存するように、これら二つの相反する力は、一人の人間の心にも平気で共存する。

これは個人の心理に起こりうる普遍的な心理であると同時に、社会的な現象でもある。

だからこそ、清水翔太の心に生まれてかたちづくられた音楽に、俺や多くの人が共感をする。

俺が生きていて、清水翔太が生きているこの社会に今何が起こっているのか。

そしてそれに対して何ができるのか、できないのか。

そういうことを考えながら、俺はこのアルバムを聞いている。

 

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