※第三話はこちらから

3.ハート・オブ・ゴールド
※第二話はこちらからI've been to Hollywood, I've been to Redwood I crossed the ocean for a heart of gold ハリウッド

 

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come take my hand

We’re riding out tonight to case the promised land

ここへ来て俺の手をとってくれ

今夜走り出して 約束の地をためしに行こうぜ

ジョン・イーデンの店に勤めて3日。
1日当たり、だいたい4人の客をとるが、まだ、最初から狂っているとか、サラに手を出そうとするとか、常軌を逸した客には当たっていない。
団体客に当たっていないのも運が良いと言える。
でも、いつか私は失敗するだろう、とサラは思う。
ユニーたちを狂気に導いていくのは非常に複雑な作業だ。
慎重に、おそるおそる細い道を辿っていくようなやり方。
予期しない出来事に出くわしたときには、きっと踏みはずす。
この仕事をしていれば、誰でも幾度かは間違えるはずだから、それでクビなるということはないはず。
長くやっている人の経験を聞いてみたいが、個室で分けられた控え室で、同僚との接触の機会は今までなかった。
おまけに、同じ時間を働いても、残る疲労は段違いだ。
数字は自分を励ますほどに現実的には、ちっともならない。

 

サラはまだ一度も着ていない、新しいドレスを選んだ。
シンプルな白いドレス。
ボスにもらった数着の中で、最も気に入っているものだ。
予想していたよりも早く、自信がなくなってきていた。
自分はもっとユニーたちのことを気に入っている、愛憎の両端を超えた上で、もはや愛していると言ってもいいほどだと思っていたのだけど。
人間に関する膨大に蓄積されたデータから、最もふさわしい行動や言動を引き出すのがユニーたち。
それは常に、周囲への完璧な気配りの結果として現れる。
それは人を心地よくさせるはずのものなのだけど、ときに人の嗜虐性を刺激し、大きなフラストレーションを抱かせることがある。
自分はそのような逸脱行為とは無縁だ、とサラはいつも思ってきた。

 

サラはいつもの部屋で、レイチェルと共にソファに座って、その日の最初の客を待つ。
ドアが開いて入ってきた男を見て、サラは小さく声を出す。
「なぜあなたがここに?」
「もっと早く来ようと思っていたんだけどね」
ダグが応える。
「この店の人気はたいしたもので、何のコネも持たない俺は3日待ちだよ」
「あら、お知り合いなの? 楽しいわね」
レイチェルが嬉しそうな声をあげる。
「おまけにべらぼうに高い」
ダグはレイチェルを一瞥して無視する。
「サラ、俺は君が好きなんだ」
「わーお、大胆ね」
レイチェルの顔が輝く。
「レイチェル、少し黙ってて」
サラはレイチェルを手で制して立ち上がる。
「そんなことを言うのに大金を払ったの? 他の場所でも会えるのに」
「君が誇りを売ろうとしているのを、黙って見過ごすことができないんだ」
ダグはサラの正面に立ち、両肩をつかもうとする。
「君は自分の価値を知っているはずだよ」
「私は自分の置かれた場所を受け入れているのよ」
サラはダグの両手をゆっくり拒む。

 

どういう思考回路をとおって、こういう発想が出てくるのだろう、とサラは思う。
「それに私はもう、すでに一度負けているの。ギャンブルにリスクは付き物でしょ? マイナスから始めるのはラクじゃないのよ」
「君に見せたいものがあるんだ」
ダグは強引にサラの手をとって、ドアへと向かう。
「ちょっと! 私の職場をなんだと思ってるの? あまり勝手なことをすると、この店は穏やかじゃないわよ」
サラは引きずられるようについていきながら叫ぶ。
「俺は金を払ってるんだ。時間内に少しぐらい君を好きにしたって許されるはずだ」
ダグは硬い表情で言う。
「だから、それは私の仕事じゃないわ。あなたが買ったのはレイチェルよ」
何とか説得しようとするが、強い力で手首をつかまれ、サラはこの男に抵抗できる気がしない。

 

薄明かりの店内を抜け、フロントの男が驚いている間にダグは階段を上がり、ドアを開けて外に出る。
「これを見てくれ」
ダグが指差す。
「何だっていうのよ?」
サラが見たのは、斜陽に輝く薄い青緑のボディ。
飛び出して上下に並んだ一対のヘッドライト。
伝説の中で活躍する小道具。
この国の神話を彩るペガサス。
「これ、キャデラック?」
「ビンゴ!」
ダグはあっという間に笑顔になり、ポーズを決める。
「68年のクーペ・デ・ヴィーユ。よくぞ知ってたもんだ。見たことなんかないだろうに」
「誰でも知ってるわよ」
サラはあきれたような表情でつぶやく。
「こんなもの、どこから拾ってきたの?」
「もちろん、“丘”から掘り出したんだ」
ダグはフロントグラスを軽く叩く。
「2年前に見つけて、ボディ以外はほとんど作り直したり買ったりしてね。エンジンにシャーシ類もほとんど。あのアトリエにあったのは、2つを除いてあとは全部本当に昔ながらの旋盤だよ」
「あきれるわね。私が行った日は隠してたの?」
「あの日は塗装屋に持ち込んでいたんだ。ちょうど最後の仕上げにかかっていたころでね」
ダグは指先でボディをなでる。
「君みたいな人でも、隠し事を全部見抜けるわけでもないのさ。悔しいかい?」
「私だって、ヒューマンをそこまで馬鹿にしてるわけじゃないわよ。ましてや、あなたのことは」

 

ダグは微笑む。
「あとで驚かしてやろうと思ってたんだけどね」
「けど、何よ?」
サラは腕を組む。
「少し予定変更で、このまま出発しよう」
ダグはクーペに寄りかかり、両手を広げてみせる。
「やめてよ、ダグ。自分が何を言っているかわかっているの?」
サラは首をふる。
「完全にわかっているよ。こいつはエアカーと違って、エンジンをかけるたびにIDなんか要求しない。地上道路を走るやつなんか、警察だってほとんど相手にしないさ。俺たちはどこへだって行けるんだ」
「そんなことはいいの。それでどうするのよ? どこに行くのよ。またここへ還ってくるだけじゃない」
「誰にもわからないよ、そんなことは。君みたいなお嬢様の目には映らないかもしれないけど、この大陸には、ネットから外れて勝手気ままにやってるヤツがたくさんいる」
「無理よ。なんで勝手に私のこと信じてるの? あなたってそうやっていつも失敗するんでしょうね」
「確かに俺は一度、愛に挫折した」
ダグはサラに歩み寄る。
「でも、それは次も失敗することの証明にはならないさ。それにほら、俺が前にダメになった主な理由は、今度の場合には完全に当てはまらないんだし。君みたいなスペシャリストにはね」
ダグは微笑んで、軽くウィンクをしてみせた。
「ダメよ、私には欲しいものがある。あなたはそれを捨てろと言うのね」
「欲しいものが何なのか、君は明確に言うことはできなかったじゃないか」
ダグはサラの手をとる。
「ビジネスで成功して社会的に認められること? 大きい家に住んで子供を大学に入れること? 俺は自分の欲しいものがハッキリとわかっているよ。サラ、それは君なんだ。俺は君が欲しい」
「やめて、ダグ。私はそんなふうに生きられやしない」
サラは手を振りほどき、目をそらす。

 

「君も俺を愛しているはずだろう?」
ダグはもう一度、サラの手をとる。
「俺の目を見て、サラ。俺を見て、愛していないと言えば、俺はあきらめる。だが俺についてくるなら、俺は君をこの負け犬の町から連れ出すよ。こんな薄汚れたオアシスにしがみついていても、君は何一つ手にしないさ」
「きっとダメになるわよ」
「ダメになるかもしれない」
ダグはクーペのところへ行き、ドアを開けた。
「でもどの道、確かなものは何もないだろう。どこで何が起こるかなんてわからないさ。君は俺を愛してないと言うか、このドアをくぐって夢の車に乗り込むか、どちらかだ。」
「ダグ、そんなふうに言わないで。そんな言葉はいつか寂しくさせるばかりよ」
サラはうつむいたままだ。

 

そのとき、ジョン・イーデンの店から破裂音が聞こえた。
続いてたくさんの叫び声。
「あ、やばい。もう始まっちまった!」
ダグが慌てて運転席にむかって走る。
「何の音なの?」
サラが振り向いて叫ぶ。
「いや、ユニーの開発者の一人として、この店はどうも気に食わないんでね!」
ダグがエンジンをかけながら叫ぶ。
「この街の脱出記念だと思ってさ、時限発火装置を仕掛けておいたんだ!」
「あぁ、どうしてあなたはそうなの?」
サラは両手で頭を抱える。
「本当に自分勝手なことばっかり」
「どうするのさ?!」
クーペの中から、ダグが怒鳴る。
「運命に身をゆだねるか、この街で数字を数えて日々を明け暮らすか、どちらかだ。ドアは開けてあるぜ!」
「でも私はこんな格好で。上着ぐらい取りに行かせてよ、ダグ」
「上着なんか現金でも買える。さぁ乗れよ、サラ。そのドレスは最高なんだから」

 

サラはスカートの裾をつまんで駆け出す。
クーペのサイドシートに転がりこむとすぐ、ダグは一気に加速した。
「見たか? 死に物狂いでみんな飛び出してきやがった!」
ダグが嬉しそうに叫ぶ。
「あなた殺されるわよ。ジョン・イーデンは見栄のために人殺しするタイプなんだから」
サラが振り返りながら言う。
「どうあるべきか、なんて問題じゃないさ。問題は、美しいかどうか、だ。こんな車であんな街を飛び出す、俺たちみたいな恋人たち、どう思う? さすがに俺のチューン・アップ。こんな加速はエアカーじゃ感じられないぜ」
ダグが右手でハンドルをバシバシ叩く。
「全部あなたが組み上げたの? いきなり壊れたりしないでしょうね」
「走行テストはほとんどしてないけどな、技術屋としての俺の腕は信頼してもいいよ」
「祈るしかないみたいね」
この無神経さと無鉄砲さは、ユニーたちには絶対に真似ができない。
だからといって、私はこんなことに魅力を感じるのだろうか。
サラはため息をついて、前方を見る。
早くも街の外れにさしかかり、目の前には岩と石ころだらけの乾いた風景が広がっている。
こんな荒地とロマンチックで向こう見ずな男たち。
この国に古くからある組み合わせ。
これはラストシーンだろうか。
それとも、幕開けだろうか。
どちらにしても登場人物にとって、筋書きはいつも読めないものだ。
サラはもう一つため息をつく。

 

 

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※第一話、第二話、第三話、表紙ページはこちらから

A Dustland Farytale
『A Dustland Farytale』作品概説 俺が生まれて2番目に書いた小説。(1番目は、小学校の自由研究)たしか2009年の夏だったと思います。俺は22歳でした。今読むと、物語や文体の感性も、登場人物達

 

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