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昨日の夜、疲れきった俺は新幹線に乗っていた。

そんな時、新幹線の通路ドアの上に設置されている電光掲示板に流れた文字。

「【読売新聞ニュース】世界的DJのアヴィーチーさん死去。ロイター通信が伝える」。

ナイトライフを愛する世界中のファンたちが、Aviciiへの哀悼の意を表明しているだろう。

俺も、録音された音楽(レコード・ミュージック)を愛する一人のファンとして、この7年間、Aviciiが与えてくれたものに感謝する。

 

Aviciiの時代

「Levels」(2011)の大ヒット以来、AviciiはトップDJの仲間入りを果たした。
(俺がAviciiを知ったのも、「Levels」だった。)

David Guettaをはじめとする先輩DJたちがつくったEDMムーブメントの中で、Aviciiは旗手の一人になった。

しかしそれだけであれば、Aviciiがこれほどまでに愛されるDJになることはなかっただろうし、俺もこれほどまでのファンになることもなかっただろう。

2013年に発表されたシングル、「Wake Me Up」がすべてを変えた。

そのシングルは、EDMムーブメントに後戻りできない革新的な一歩を与えると同時に、Avicii自身がムーブメントの中のトップDJではなく、確立された世界を持った一人のアーティストである事を世界中に知らしめた。

 

2013年より前のEDM

2013年より前のEDMヒットソングといえば、たとえば以下の3曲だ。
(泣きたくなるほどもはや懐かしい)

「David Guetta – Where Them Girls At ft. Nicki Minaj, Flo Rida」(2011)

 

「Pitbull – Give Me Everything ft. Ne-Yo, Afrojack, Nayer」(2011)

 

「Rihanna – We Found Love ft. Calvin Harris」(2011)

 

2013年のEDM

そんな中、突然降り注いだAviciiからのニューシングルがこれだった。

「Avicii – Wake Me Up」(2013)

このシングルのイントロ、かき鳴らされるアコギの音が流れた時、俺は「何かを間違えた」と思った。

間違って他の曲をかけてしまったと思ったのだ。

しかし確かめてみてもAviciiの新曲であることは間違いなかった。

それで次に思ったのは「Avciiが壊れた」だ。

EDMムーブメントに辟易して奇をてらいすぎた結果として、「Aviciiはデジタルを捨てた」と思ったのだ。

だってこんなの、Aviciiの新曲じゃなくてAloe Blaccの新曲だと言われたほうがしっくりくる。

しかしもちろん、そうではなかった。

Aviciiはまったく新しい事をしていた。

音楽のデジタル技術を、あくまで楽器と同じ、音楽の一部として扱っていたに過ぎなかった。

「EDMをやる」のではなく、Aviciiは間違いなく「音楽をやって」いた。

 

そして同時に、2013年には以下の2曲も発表された。

「Wake Me Up」と合わせたこの3曲が、時代を一変してしまったと俺は思っている。

「Daft Punk – Get Lucky (ft.Pharrell Williams & Nile Rodgers)」(2013)

Daft Punkのこの新曲を聞いた時も、俺は「ダフトパンク壊れた」と思った。

 

「Pharrell Williams – Happy」(2014)

ファレルがかかわったこの2曲で、ダンスホールにファンクがどれほど似合うかを、世界は思い出したように俺は思う。

(もちろんMaroon  5やBruno Marsの活躍が与えたシーンへの貢献も多大なるものではあるけれど、先鋭的でエポックメイキングだったのはこの3曲だったように俺は思う。)

 

Aviciiの世界

Aviciiの音楽には血がかよっていて、それがAviciiを単なる世界でもっとも人気があるDJの一人というだけでなく、一人のアーティストであると感じさせている。

一人のアーティストとしてのその世界観が、世界中のファンから支持されてきた。

そして、ここ5年ほどの俺の生活をいろどってもくれた。

Aviciiの音楽にはクラブやアリーナで鳴り響く壮大なスケールがある。

それと同時に、キャンプで焚き火を囲んだり、ホームパーティでソファに座ってギターをかき鳴らしながらみんなで歌うような、明るい温かさがあった。

世界中をツアーで回りながら数十万人を動員し、数十億単位の売上げをあげつづけるスーパースターでありながら、その音楽にはどこか、アーティストとしてのAviciiiに親近感を抱かせるような、素朴さがあった。

この5年間、俺はいろいろなことをしてきたけれど、たとえば新宿を歩く俺の耳に突っ込んだイヤホンから、あるいは六本木の深夜に服を振動させるような巨大なスピーカーから、様々な場面でAviciiの音楽は俺の生活に浸透していた。

それを俺は気に入っていたし、Aviciiが同世代にいることを幸運に感じていた。

これからも生活をいろどってくれるであろう、いくつもの新作を楽しみにもしていた。

 

Aviciiの曲の中でも俺がたぶん一番好きだったのは「Dear Boy」だ。

20代の前半から中盤というのは、まだまだ手加減が下手だから、お互いに傷つけあってしまう恋愛もある。

好き同士のまま別れていくカップルもいる。

冗長とも言えるイントロとアウトロに両端を飾られたこの曲は、その中心部では悲しみを爆音でぶっぱなす。

誰もがこんな風に悲しみを叫びたい時はあるだろう。

六本木のクラブでこの曲が流れた時には、フロアの様子から、この曲を愛していたのが自分ひとりではないのだと知った。

 

『Stories』(2015)の曲もどれも好きだけれど、よく聞いたのは「Somewhere In Stockholm」。

自分の生まれた東京に暮らしながら、一人の部屋でベッドに寝そべっては「俺は本当に何がしたいのだろう」とよく考えていた。

歌の中では「I lost my backbone」とくり返される。

誰もが根無しになる今の世の中では、ハイティーンの頃から「自分は何かを失った」と感じながら生きている人は多いのではないかと思う。

 

自分の運命をおそらく予感していたAviciiの歌詞と音は、「今この瞬間」への愛に溢れていた。

しかしそれはある意味、なかなか全身全霊で心のままに生きられない、Aviciiの自分自身への激励も含まれていたのではないかと俺は思っている。

2014年のEPの両A面を飾った「The Days」と「The Nights」は、全世界のアンセムであり続けてきた。

 

Aviciiの人生について俺はほとんど何も知らないけれど、苦しみながらもこの世界を愛していたであろうことは間違いないと思わせる、以下の歌詞を引用してこの記事を終わりにする。

Forever trading places with the same old me
I’m racking up the cases of who I failed to be
Why would I replace the sky?
Why would I recreate that perfect blue?
What would I change it to?

いつも自分を変えようとしているのにいつまでも変われない
なれなかった自分に今もこだわってる
どうして空を他のものと取り替える必要がある?
完璧な青をわざわざ作り変えようとするの?
それを何に変えようとしているの?

生前最後のEPになった「Avīci (01)」の中の一曲「What Would I Change It To」からの一節だ。

まるで空の色を変える必要がないのと同じぐらい、すべてを受け入れた心境でAviciiが旅立った事を願う。

こんな素敵な曲を、もっともっと聞きたかった。

 

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