広告

俺を育てたメディアとポップミュージック2.0

三日前、w-inds.と十数年ぶりに再会したという記事を載せた。

w-inds.新曲! 「We Don’t Need To Talk Anymore」
W-inds.の新曲「We Don't Need To Talk Anymore」は橘慶太セルフプロデュースによる「本気」なナンバー。10年ぶり以上にW-inds.を聞いた俺の目からは涙がちょちょ切れた。なのでついでに俺の中学生活をいろどっ

ありがたいことにツイッター上でいくつかのリアクションをいただいたのだが、その中に「お前の視界に入っていなかったからといって“再開”なんて言葉を安易に使うな」というお叱りがあった。

まったくもっともなご指摘だ。

俺が見ていない間にもw-inds.は定期的な新譜のリリースとライブをつづけて、ましてや海外では、毎年決まって何かしらの賞を受賞している。

それを知らずに自分が久しぶりに見たからといって“再開”なんて言葉を使うのは、アメリカ大陸を“発見”したと言ってしまうオリエンタリズムと似たようなところがある。(お前が“発見”する前からアメリカ大陸に人は住んでいる、という話)

そういうわけで、“再開”ではなく“再会”が適切だったなと反省した次第である。

広告

 

そういうことを考えていて、改めて感じたのが、自分がテレビやラジオなどの中央発信的なメディアを見ながら育ってきているというか、育てられてきたんだよなぁという事。

わかっているつもりではいたけど、改めて実感した。

結局、そのメディアを通じて見聞きする事が俺にとっての現実だったし、そのメディアに乗らないものは俺にとって「存在しない」に等しかった。

そもそも俺の愛するポップミュージックの形式自体が、ラジオ乗りの良さを基準にして出来上がっている。

ヴァース+サビで1分。

曲の全体としては、ヴァース①+サビ①+ヴァース②+サビ②+ブリッジ+サビ③で3分前後。

1分2分3分
ヴァース①+コーラス①ヴァース②+コーラス②(間奏)ブリッジ+コーラス③

単純化してしまえばこんな感じ。

 

そういう環境も少しずつ変わってきていると思って書いたのが、「ポップミュージック2.0」だ。(「2.0」って古くね、ダッセ。とか言わない。もっといい言葉見つかったらまた考える)

ポップミュージック2.0
2016年12月12日のApple Musicトップ5ソング 1位のブルーノ・マーズ、2位のチェインスモーカーズはまぁいいとして。3位のSuchmosだ。俺は初めて聞いたのだが、エラいかっこいいなぁと感心してし

ただまぁ、俺は今でも音楽情報の半分ぐらいはケーブルテレビから得ている。

そんな中で、先週ぐらいについにPrince御大の曲が配信されたApple Musicや、この業界の先鞭をつけたSpotifyが革新的なのは、リスナーが音楽を聞く環境に対して直接プロモーションできるというところだと思うわけです。

昔で言えば、CDプレーヤーやiPodに直接、新譜のお知らせが届くようなものだ。

これによって、アーティスト(配信者)とリスナーをつなぐメディアの中間媒体がいなくなる。

(ところでPrinceが毛嫌いしていたYouTubeとは違って、これらの配信サービスはむしろ「アルバム」の重要さを再び強調するものだと俺は思っている。)

 

まぁその一方で、「ポップミュージック2.0」の記事的なことは言っておきながらも、ああいうところ(Apple Musicなどの配信サービス)のランキング生成のアルゴリズムなんかも、別に万全に信頼できるわけではないとは当然思っている、ということは言っておく。

ウィキリークスのジュリアン・アサンジがツイッターのトレンドワード生成のアルゴリズムに恣意性があるのではないかと疑問を呈したなんて話をどこかで読んだような気がするが、そういう疑問は誰だっていつだってどこかしら感じていることではないかと思う。

そういう中で、結局自分の心で良いと思ったものを良いと言っていくしかない。

ただ、その「良い」と思う心の基準すらも、とっくにメディアに作られてるんだよなということを、今回改めて感じていたわけです。

 

w-inds.とか、他にも再会。

そんな感じで、失った時間を取り戻すかのようにw-inds.のビデオなど見ていたわけだけど、なんだこれ。

めちゃめちゃかっこいいな。

慶太のダンスやばくないっすか。

慶太のお堅い生真面目な感じと、両脇の二人のお気楽な三枚目感がいつもいい味出してる。

 

慶太のダンス見て、テヤンのダンス初めて見たときの感動を思い出した。

今見てもかっけぇ(涙)

 

で、w-inds.のビデオいくつか見ていて思ったのは、慶太は日本のPharrellになれるんじゃないかということ。

プロデューサーとしてというよりは、客演&トラックメイカーを同時に担える存在として。

慶太のあのファルセットは、ラッパーたちの需要が篤いと思う。

今どきのラッパーは自分でトラック作ってコーラスも歌うのが普通だけど、だからこそ客演がアクセントになる。

ラッパーって、他人の土俵でこそ輝くスキルみたいなものがあると思うからね。

その時に、Pharrellみたいにコーラスとトラックの両方を高いレベルで担ってくれる存在がいると、きっと引き合い数多だよね。

Pharrellのプロデューサー⇒パフォーマーとは逆の、パフォーマー⇒プロデューサーという流れで。

しかも慶太、めちゃめちゃ踊れるからビデオの表現も広がるし。

慶太がプロデューサーとしてのスキルもガシガシ高めにかかっているという事実が、未来に期待を抱かせる。

そんな存在、かっこいいと思うなぁ。

その時には、KEITAという表記になるんでしょうかね。

 

 

話は変わるんだけど、なんかいろいろ見てたらたまたま出会ったのが、このビデオ。

いや、ヤバくね。

曲の時代とパフォーマンスの時代がズレすぎてて、なんかもはや時空が歪んで見えるほど。

アイドルのステージなんか目も当てられない、なんてのはもう過去の話で、完全にプロフェッショナルなんだよなあ。

ていうかLeadとかFlameって、たぶん俺ガッツリ同世代で、高校の時の彼女がFlameがどうのこうのって言っててイラッとした覚えがある。

男性アイドルっていうとこんな思い出ばっかりだけど。

キャリアの経過と共にスキルを高めている、プロフェッショナルなアイドルというか、パフォーマーたちがいるわけだ。

そういう「本物」の、プロフェッショナルなパフォーマンスや音楽がこれからはより支持されていくだろう、というのが、テクノロジーの進化と共に俺が未来に抱く期待だ。

マスメディアや広告屋が売りたいものだけが売れる時代ではない。

 

TwitterFacebook「フォロー」で更新情報チェックお願いします。

※こちらの記事も合わせてどうぞ

人工知能(AI)は個性を殺すか
’80年代は遠くなりにけり ここ数年に見た中で一番印象に残っているビデオはJustin Bieberの「Sorry」(ダンスヴァージョンのほう)。音も最先端でかっこいいんだけど、やっぱりこの映像だよね。

※こちらの記事も合わせてどうぞ

清水翔太 アルバム『PROUD』(2016) – ソウルレビュー –
2016年の傑作アルバム、清水翔太『PROUD』全曲レビュー 清水翔太が26~27歳の時につくったこのアルバムは、2010年代を生きる20代の心と風景を描いた傑作だと俺は思います。清水翔太自身にとっても、ポップミュージシャンと

広告